「いつ見ても不思議な娘ですね」
「まだ慣れないのね、あの娘には」
「ええ」
「仕方ない事だけど」
太陽系から来た(亡命したと言った方が正しいだろう)森島三姉妹の次女森島沙夜はタタイラと接触して時間がない。
「私は彼女が小さい頃から知ってるけど不思議な娘だったわ」
もちろん、タタイラは艦長室を出て俺の居る格納庫に向かっていた。
「ケンカはするし、学校はさぼるし義兄は、いつも怒っていたわ」
そんな事は一部にしかすぎない。
「見えないでしょ、普段は・・・。普通の娘にしか」
「ええ。私は、まだ信じられないんです。直接見たことが無いから」
「わがままで、きまぐれで誰の言うことも聞きたがらない。たった一人を除いて」
「ダローティアさんの事ですか」
「そう、ロムの言うことだけは聞くのよ。何故か昔からだけど?本当に小さい頃から・・・あの娘は何があっても無くても、ロムの所にいるのよ。二人でいると、あの娘は素直ないい娘になるのよ」
「演技じゃなく?」
「あの娘は演技なんかしない。男に媚びを売る女じゃないわよ。多分、彼女はロムしか信じていないと思う」
「艦長も?」
「多分…今までの経験からして、完全には信用してもらってないわ。タタイラはロムに対して絶対的な信頼をよせている。そして、ロム以外の人間を誰も完全に信じていないと思う。この船の人間も昔からの仲間も完全に信じていない。昔からそうだったけど。
ロムが、その気になれば、この星系を支配することなんて簡単な事よ、彼女の能力を使えば。あなたも理解しているはずよ、彼女の非人間的な能力をもってすれば、世界征服も夢でないことを。
でも、二人には世界征服なんて全く興味がない。
人を支配して、世界を支配して、頂点に立つ事なんて興味なし。ありあまる能力は自分たちの生活をしていく為だけに使う。今は、こんな時代だからしかたなく使っているだけ。
300年前の平和な時代に生まれていたら、どんな生活をしていたか見てみたいくらい」
「なぜ、そんな危険を犯して二人を船に置いているのですか?」
「この船は、本当は幻妖女のために作られた船なのよ」
タタイラの艦内移動はインライン・スケートだ。危険を顧みないスピードで艦内を通り抜ける。壁ぎりぎり数センチを空けて角を曲がっていく。
俺は昨日飛ばした機体の事後整備をやっている。電美林の上を飛んだ機体には絶対的な注意が必要だ。知らない間に何をされているか判らないほど危険な地域なのだ。
「説教は終わったのか?」
俺の横でエッジを効かせて止まったタタイラに聞いた。
「いつもの通り」
にっこり笑って答える彼女に罪の意識は全くない。
「レムの機体はどう?変な機械に取り付かれてない?」
彼女はマイクロ・マシンに対する危険を関知していない。俺の検査にも、マイクロ・マシンの反応は無い。
複雑な変形機能を有する重機動砲SHMGC−117を常に使える状態に保つには、それなりの努力が必要だ。
「無茶な飛び方もしてないし、変形もしてないし」
レムの機体は電美林の上空を飛行しただけだ。それでも整備は実施する。
「早いめに切り上げたら」
「わかってる。次の仕事がまってるからな」
「私が止めないといつまでも機体の前から離れないんだから」
俺はエンジンのアクセスドアから頭を出して彼女を見た。ただでさえ長い足にインライン・スケートを履くと劣等感を憶えるほどの長さになる。
「手伝おうか?」
パイロット以外の彼女の仕事は俺の助手だ。もちろん自分の機体・重機動砲SHMGC−117特別仕様“幻妖の盾Mk.2”の整備が中心になる。
「飲み物、持ってきてくれないか」
「わかった」
また彼女は走り出した。機械づけの俺の生活に潤いを与えたくれたのが彼女なのかも知れない。
「持ってきたよ」
速い。
「ありがとう」
「また、騒ぎに成るみたい」
「うれしそうだな」
「そう、見える?」
彼女の顔つきが変わった。
「ロムは静かな方が好きだもんね」
そして一瞬の沈黙。
「やっぱり迷惑?」
「いまさら何も言っても仕方ないだろ」
彼女と知り合って何年になるだろう。彼女と知り合って以来、普通では体験出来ない事を体験した。
「本当に、いやだったら別れてる。そんなチャンスはいくらでもあったからな」
彼女を軍から救出した時、彼女は自らの隠れた能力を俺に見せた。その時、俺は彼女を放棄することも可能だった。
有機神と戦ったときも逃げれたのだ。
何故か俺は彼女を怖いと思った事は無い。彼女のあらゆる異能力の目撃者になっているのに。
「時々、私不安になるの」
彼女がこんな事を言うのは俺と二人でいる時だけだ。
「いつまで二人でいれるか?」
「多分、どっちかが死ぬまでだろ」
強気の女の一瞬の弱みを見せる瞬間。
俺とタタイラはくされ縁だ。
「当分は。
いまさら。
腐れ縁だろ」
俺と彼女が出会った時、もちろん彼女は能力を出していなかった。俺も彼女も何も知らなかった。知っていたのは一部の軍関係者と一部の考古学者と一部の異端科学者だけだった。最強の異能者は自らの能力に気付くためには戦いが必要だった。
彼女はただ反射神経の優れた少女だった。
「いやじゃなきゃ、付き合わせてもらう」
「いやなワケないでしょ」
「作業するなら着替えておいで」
「かまわない」
「汚れるぞ」
俺はまだアクセス・ドアに頭を突っ込んだまま。複雑な森島式エンジンのシステムをチェックしなければならなかった。
彼女はコクピットに乗り込み接話を取付、機体のメイン・コンピュータを立ち上げた。
「聞こえる?」
「聞こえる」
彼女は作業を完全に把握している。この機体のメイン・パイロット用にセットしている座席を自分用にセットしなおす。彼女はこの機体の主であるレムの特性も日頃の訓練で知り尽くしている。
次の日の午後になっても星都の火災は全て鎮火しなかった。しかし、船は傭い主の軍の命令によって母港であるザラキエルに戻る事になった。軍も傭船だけに頼るわけにはいかないのだ。
「犯人は多分、“無意識12号”」
キーサ女史が自分のデータの分析結果から答えを出した。
「姿は変えているけど間違えはない。電脳師よ」
「何のためにやったの?」
「不明。人と組んで何かをやる人間じゃないし、この手のテロをやる人間でもない。普段は愉快犯みたいなものよ」
“無意識12号”、相手は名の知れたハッカーである。代々伝わる独自のプログラム・テクニックを使っている奴だ。代々と言っても互いの顔は知らない、先代を電脳的抹殺して襲名をするのが慣わしである。
「謎は謎のまま?」
「今、最近の動きを探っている。その前に船の修理がさきだけど・・・興味はあるけどね」
船のメイン・コンピューターの修理は始まっている。ウイルスに犯されたソフトの修復、ウイルスの侵入経緯、データの確認、ハードの修理、やる事はいくらでもある。
「残ったコンピュータの中のウイルスのチェックが先。あいつが動いてくれないと話にならない。ライラを使っていいから」
“翼を捨てた異星系人”ライラはメイン・コンピュータ室にいる。
180糎弱の高い身長、まっすぐな長い金髪、白い肌、蒼く切れながの目。天才ハードウェア・エンジニア。
特上級電脳師キーサ女史も認める腕前。二人が艦の電子システムを管理している。
彼女はデロバイジー星系からの亡命者だ。もう一人の“人間”と共に、この星系にやってきた。 もう一人は艦を降りた。今は違う場所にいる。
この艦で“騎士の血”を生かす気にはならなかったのだろう。
亡命時と今の彼女の姿は異なっている。当時の姿を俺は忘れる事が出来ない。
本当の彼女には翼が生えていたのだ。
遺伝子の塩基配列は基本的に我々と全く変化がない。しかし彼女には翼があるのだ。
デロバイジー星系最上級身分“華族”の女性にのみ許された特権。方法は本人さえも知らない。
既に呪術の世界に達している遺伝子工学。
人類の遺伝子は全て解読されて、もう百年以上たつ。しかし、全ての遺伝子の9割は活動していない。休眠遺伝子が何の働きをしているか不明なのだ。なくせば、人は人でなくなってしまう。
彼女達は胎児内の休眠遺伝子の一部を活性化して翼を生やす権利を得ているのだ。
透き通った翼は今、彼女の体を離れ艦の医務室にオブジェと化して保存されている。
しかし、彼女達二人は特権を捨て星系を捨てた。理由も翼にある。
右の翼は青、左の翼は緑。もう一人の“人間”の翼は左が青、右が緑だった。
左右の色の異なった翼の色は「不吉の前兆として恐れられている」と彼女は言っていた。
多くは語らない。
語りたくないのだろう。
「不吉のタッグだったのよ」
自嘲しながら彼女は言う。
過去の無い人間はここにはいない。一種の吹き溜まりである。
彼女はこの船を居場所にした。そして、彼女はキーサ女史と共に艦のコンピューターを操っている。
「もう彼女は自主的に動いているわよ、自分の愛機だからね。ソフトのチェックは65%済んでる、もう型をつける見込みはついたから安心して」
「了解。でも、このままじゃ何の解決にもならない」
いつ、次のテロが起こるか判らない。星系全てにおいて警戒体制が取られている。
恐怖が星系全てを覆っている。
本当の犯人は誰も知らないのだ。星系内部か外部からの侵攻かも判らない。
艦が母港の都市ザラキエルのドックに到着して1時間も立っていない時だった。
地鳴りがした。
大音響。
甲板に出ていた俺の耳のこまくを、つらぬく。並の爆発じゃない。
火柱が遠くに上がるのが見える。
「何だ!」
次々と爆発が起こっているが見える。
俺は艦橋と連絡を取る。しかし、艦橋でも何が起こっているか判らない。
「ピーピング・α発射用意」
無人偵察機ピーピンク・αはVTOL方式で音もなく発進していく。
「爆破位置確認。ザラキエル東部基地」
「映像入る?」
「もう少し待って下さい」
「全員、艦内に入れて」
昨日の騒動の後なので全員が艦にそろっている。
「昨日の今日。物騒な話になってきたわ」
爆発は連続して起こっている。
「映像入ります」
艦橋オペレーターのヘイルがメイン・スクリーンに映像を転映する。
山腹から火柱が上がっている。一カ所だけでない。
「弾薬庫だ」
弾薬庫だけじゃない、地下格納庫も爆発している。山の各所から火を噴いている。
「今日も、テロなの?」
「とにかく、全艦第1種戦闘配備。防空配備!」
ザラキエル基地は都市中心部から離れた高原に作られた基地である。ザラキエル及び星都南部地域の防衛を担当している。
「他の基地は?」
「情報不足、まだシステムが復旧していないのよ」
「全機システム・リンク作動、出撃用意」
俺は格納庫に入った。少ない人数で巨大な艦を操っているのだ。
全機にエネルギーが注入されていく。と、言っても出撃可能なのは10機だけだ。パイロット全員で11人。実戦で重機動砲を使える人間は10人しかいない。1人は訓練中だ。機体はまだあるのにだ。
少なくとも昔は倍の人間がパイロットが艦に在籍していた。しかし、幾度の戦いの後、戦死する者、艦を降りる者が続出し今の人数になってしまった。
何しろ、10人の内4人は太陽系の人間なのだから人手不足の苦悩は判るであろう。
人数の増員も簡単には、ままならないのだ。
戦艦MA3は特殊な艦である、あまりに秘密が多すぎるのだ。傭船と言うモノは多かれ少なかれ秘密がある、しかし戦艦MA3の秘密は特殊で複雑で危険すぎるのだ。
「艦橋!、武器システムの決定を」
「待って!相手の情報がまだ足りない」
データがあれば自動的に武装が積み込まれる。
「全機、エネルギー注入完了。後は武器決定だけです」
ザラキエル基地と周囲はパニックになっていた。
昨日の今日の話である、全基地では警戒体制がとられていた。が、敵には何の関係もなかった。
「地下武器庫3番、全滅。4番に引火」
「36ハンガー火災、3113、3114飛行隊全滅」
「3101飛行隊も全機破損」
「1番、3番、4番レーダー停止」
爆発と火災は基地各所で発生している。
「システム70%以上ダウン」
「予備システムは?」
「接続不能」
基地の管理システムが完全にダウンしてしまった。
「IFF(敵味方識別装置)異常発生」
「防空システムをカットしろ」
「・・・雑音が・・・多い・・・聞き・・・取れない」
自動から手動へシステムが切り替えられていくはずだ。
しかし。
受け付けない。自らが意志と敵意を持ったようにシステムは動き出す。
「戦時ECMシステム自動作動」
「戦時迎撃・攻撃システム自動作動。ターゲット・ロック」
間に合わない。勝手に動き出すシステムたち。
目の前の機械たちが勝手に動き出すのだ。
ザラキエル基地のシステムは一斉に他者の制御下に入った。
「防空システム電源自体を切断しろ」
「メイン・コンピューター制御・・・不能」
「手で切れ!」
「間に合いません。一部ミサイルが発射されました」
「ロック場所は・・・ターゲットは何処だ、迎撃態勢を取らせろ」
基地のレーダーが乱れている。今度は軍のシステムが嬲られているように犯されてる。
「不明・・・です」
次々と発射されるミサイル。誘爆するミサイルから残された・・・と言うより選ばれたミサイルが基地から飛び立つ。