この場所に、やっと着いた。
休暇中の我が家のホスト・コンピューターが外部からのプログラムによって破壊されてから3時間。我が家の移動式監視兼掃除ロボット「三位一体」を止めるのに20分。
この星の都に突入して30分。
六芒星結界のすぐ外側。
この星の全ての暗部を集約した場所に俺達はやってきた。
もちろん、目標は星中に強烈なコンピューター・ウイルスをたたき込んだ奴を探り出し、潰す事だ。
3時間で星中のネットワークは錯乱した。コンピューター・ウイルスによる軟脳的破壊、ネットワーク・ケーブル中継経路に対する硬脳的破壊は同時侵攻で始まった。
真夜中の星都には各所で炎が立ち上がっている。
同時多発テロは、いまだに続いている。
「ここから、入ればいいのか?」
「経験則から言えば、ここが安全だ。と、言っても実体のある姿でここに来るのは数年ぶりだ」
電脳師であるキーサ女史が自らの部屋を出て実空間に姿を見せる事は年に数回しかない。
「何が出てくるかわからないから気をつけるのよ」
星の恥部。星都の暗部。ここから先は無法地帯。
全ての欲望に答えてくれる街。
「電美林」
昔、家電商品の安売り街として栄えた場所は、いつしか闇が支配する地域になった。
政府も警察も軍も財閥も手を出せない地域。周囲から結界を張るのが唯一の手段になっている。
周囲に毒があふれる事を防止するために結界は張られている。
表通りは普通の歓楽街と電気街を混合した空気が漂う。
ジャンク・ショップ。偽物を平気で売る店。中古屋。新古品市場に盗品市場。
違法な金貸し、道具貸し、人貸し。
飲み屋。客引き。売春宿。ストリート・ガール。
奥へ行けば行くほど危険度は増していく。
極左勢力。極右勢力。アナーキスト。新興宗教。滅びようとする過去の宗教。
占い。占星術。黒魔術。祈祷師。
ありとあらゆる薬物。
阿片、コカイン、大麻などの古典的な薬物から最新化学の副産物として発生したダウナー系とアッパー系の薬物。
ありとあらゆる人間の欲求と性的衝動を満たすもの。
少女、少年売春から老け専まで。肉体的から精神的までのSM。
スカトロ、屍体、人形、二次元、物質フェチ、ピアシング、タトゥー、全て混在し細分化する。
食欲と性欲は近い存在である。
げてもの、稀少生物、人肉まで。
鑑賞空間。
地下レスリング。キャットファイト。賭動物。フリークス小屋。
「前衛」の名を付けただけの正視に耐えないアングラ芸術。ノイズ・ミュージック。
臓器売買。違法人体改造。
違法情報、個人情報、偽情報が平然と売買されている。
そして異能者、表世界で生きていけない人間が巣を作っている。
ここには管理者がいない。高度に管理された外の地区とは違うのだ。
ここでのルールはただ一つ「他者には干渉しない」
ここには、ここのルールが存在する。警察が手を出せない。出せないならどうするか?
ここには、賞金稼ぎがいる。警察・軍・被害者が金を出して中から犯人を捜す。我々も軍の依頼を受けて犯人を捜している。電美林の内部を専門にしている業者から、外部での仕事を中心に行う業者もいる。俺達は後者の存在だ。
電美林の異能者がざわついている。
4人の人間が、電美林が足を踏み入れた。
異能者が目を付けているのは2人。1人は特上級電脳師キーサ女史が、ひさびさに姿を現したのだ。
電美林のありとあらゆる監視カメラが俺達を見ている。
もう1人の女。
北方系の血を引く色白で細身な体。普通の身長。長い手と足。少しだけ茶色ががった長い髪。大きな目は周囲を観察している。少し下がった目が周囲の警戒心から自らの存在を守っている。昔、情報化時代の前ならば田舎から出てきたばかりの少女が知り合いに都会を案内されいるような感覚に見える。しかし。
まだ、彼女の肌は白いままだ。紅潮もしていない。冷静なままだ。
大きな目は、冷徹なまでに正常。
もし、彼女が普通の女なら数分後に誰かの慰みものになっているだろう。
しかし、誰も手を出さない。
周囲は存在に気づいている。これは、威圧行為でもある。
古い言い方をすれば、おてんば。
じゃじゃ馬。
異能者。
幻妖女。
「幻妖の盾Mk.2」の操縦者。
第35回メテウス星系王杯重機動砲戦バトル第3位。
星都北区第3〜6地区までを破壊した女。
“龍”を狩った女。
そして、“神”に引導を渡した女。
“神”の後継者を殺した女。
この街で裏情報に通じている者で彼女を知らない者はいないだろう。たとえ、顔は見たことがなくても。
彼女は敵を誘っている。わざと目立つように歩いている。
「ゴーグルをすると視覚がせばまる」
ゴーグルをあえてしていない、カチューシャのように髪に引っかけている。
顔を隠すのは接話用マイクの細長い端子のみ。
危険は十分に分かっている。それでも自らの感性と反射神経を信じている。
いつもと違う電美林、ここも未知の敵の攻撃を受けている。
「いよいよ、最強の異能者の登場か」
「本気で大事になってきた」
周囲のざわつきに彼女は何も気にしていないふりをしている。
彼女の目は周囲を細かく監視している。
彼女は一人、先頭を少しだけ離れて歩いている。
「よう、姉ちゃん。そんな連中をほっといて俺達と遊ばない」
近寄ってきた2人の男に一瞬だけ彼女は目をくべた。
「結構よ」
強い語気。彼女は一瞬で殺気を感じていた。
男達が動いた。
「鉄の爪!」
指から鋼鉄の爪が伸びる。
彼女は身をかわし第一撃をかわす。振り返って俺の持っているケースから魔剣ナイトフォークを抜き真横に、第二撃を打って来る前に切り裂く。
一瞬の出来事。
男達は違法人体改造者だ。腹部の傷から機械が顔を出す。
「大丈夫か、タタイラ!」
「もちろん、このくらいの刺激がないと電美林に来た気がしないの」
今時、剣を使ったとしても誰も驚かないのが、この街である。古代から近代においては騎士達の武器として常に体に身に付けられていた。今でも一部の地域では模造刀を持つ地域があるぐらいだ。
2人の体はぴくりとも動かない。一撃必殺。我流の抜刀術。
屍体は、どこかへと一瞬にして持ち去られる。誰が何のために使うかは考えない方がいい。
タタイラ・スマロ、最強の異能者と言われる女。しかし見た目は普通の女。
彼女の能力はまだ一部も露出されていない。一瞬の反射神経の良さが出ただけである。
破壊軟脳の発信源が確定したのは今から1時間半前。キーサ女史と真性ダウジング能力保持者であるテマリス・ヘトタライヤが同時に発見した。
真性ダウジング能力保持者は数十万人に一人か存在しない。彼女の家系は先祖代々から能力を保持し続けている。そして、彼女の実家はダウジング能力によって財をなし続けた。
もう、逃げれない。
電脳的にはすでに敵は封鎖されている。
「次はどの手で来るか?」
4人全員が神経を集中している。
「次の角を右、そこの小道を入っていく」
キーサ女史の指示に従う。
「ここからは、気をつけて」
細い道筋。上空を多い尽くすように乱立する違法建築の継ぎ足しビル。
あちこちに口を開ける地下への入り口。階段。
無数に道をまたぐ、空中通路。滴り落ちる水滴。地面の乾く事はない。
昼でも日光が差し込まない。
今、地上を歩いているかどうか感覚として掴めなくなる。
そして、無数の視線が俺達4人を舐め回すように降り注ぐ。
「相手は気づかれている?」
「もちろん、しかし奴は逃げれない」
だけど。
「本当の敵ではない、所詮は末端だろう…本体を探るためにアジトを狙う」
キーサ女史の作戦は、艦長の許可を受けている。俺達は従うだけだ。
「相手は当然、必死の抵抗をする。逃げれないのだから、どうやって抵抗してくるかわからない」
「だから異能者か」
「もちろん」
会話している間にもキーサ女史の指は微妙に動く。体の中に埋め込まれたマイクロ・チップが連動しているのだ。特上級電脳師のみに許された行為である。電磁波が乱れ飛ぶ社会で普通の人間がマイクロ・チップを埋め込むのは、あまりに危険すぎるのだ。
彼女の体内ネットワークは外部のネットワークとリンクしている。
通路は時に広くなり、狭くなる。
曲がりくねった通路を抜けると小さな広場に出る。昔は公園だったろう、噴水の跡だけが中央に立っている。
重く、しめった空気。汚れきった空気が体を包む。呼吸すら、いやな気になる。
「敵だ」
同時に2人が叫んだ
「来る!」
タタイラとキルだ。キルの筋肉が反応する。
完全に格闘技系の体になった男。鍛えられた体、頭より太い首が証明している。彼も重機動砲のパイロットだ、タタイラがいなければ彼が、艦のエース・パイロットだ。
「10人はいる」
あっというまに囲まれた。
「20人に増えた」
「伏せろ」
銃撃戦が始まる。俺も銃を取る。
「こんな所で銃撃戦か!」
何があってもおかしくない電脳街。それでも、これだけの銃撃戦は珍しい。
「きかないぞ!」
弾丸が吸い込まれた敵の動きが変わらない。弾を避ける事もない。血は吹き出しているのだ。
「あれだけの出血をすれば必ず死ぬ」
防弾スーツも付けていなければ、人体の改造も行っていない。
殺気が消失する。無機質、そして不気味な感覚が体を突き抜ける。
「フラッシュを使う。タタイラ、ゴーグルをかけろ」
キルが叫ぶ。タタイラだけがゴーグルをかけていない。彼女はゴーグルをヘアバンドのように頭にかけていた。
「このままじゃ、埒があかない」
キルが閃光弾を投げる。
真夜中の電美林に閃光が走る。
「一斉射だ」
閃光の中も銃撃は続いている。
「裸眼だろ。人工眼でも一瞬は止まるはずだ」
それでも、この程度の衝撃は一瞬にして終わってしまう。
「効かない」
タタイラが叫んだ。普通ならば、これだけ強烈な光と音を眼と耳に浴びた人間は一瞬、活動を停止する
「ロム、聞こえてる!」
彼女は一人で動いている。
「聞こえている」
「ただの敵じゃない!頭部に弾丸を撃ち込んでも奴等、攻撃をかけてくる」
「機械体じゃないのか?」
「脳味噌が飛び散る機械体なんかあるわけないでしょ!」
彼女の観察は正確だった。
「脳味噌が飛び散ってもしばらくは動き続けている。それだけじゃない、再生しようとしている」
過去の記憶が甦る。
彼女は“龍”を狩った。
巨大な“龍”を狩った過去を持っている。
“龍”は再生した。傷を受けても驚異的な再生を行った。
瀬戸際で彼女は“龍”を狩った。古代遺跡から再生された“神”の手先の生物・機械混合物体を殺した。
「龍の涙!」
彼女は叫んだ。
「また、増えた!」
キーサ女史は正確に敵の数を把握してる。
「龍の涙だと」
「間違えない、ロム」
『龍の涙』。それは驚異的再生力を持つ巨大龍の原動力となった物質である。過去の遺伝子工学が生み出した悪夢の物質。
「こんな事が出来る物質は『龍の涙』しかない」
もう一つの脅威。
「あの、冷徹な意思」
再生力の副作用。副作用と言えないかもしれない。兵器として『龍の涙』を使うときには副作用にはならないのだ。
冷徹な意思で殺意を持つこと。そして、薬を与えた者に対する絶対服従。
「間違いない」
血を流しながら屍体が蠢いている。本来ならば死んでいる人間である。
「いつの間に広まったんだ」
『龍の涙』を分離したのは、この星ヘースメレタルの軍と俺達の戦艦MA3だけのはずだった。まだ軍でも化学組成すら確定する事が出来ない。
多数の同位体が人工量産を妨げている。
「だから、電美林なのよ」
キーサ女史が冷徹に発言する。
「何があっても不思議じゃないのが電美林」
女史は銃を取る事はない。
「いつまでも、敵を電脳的に閉じ込められないわよ」
敵を倒すには手持ちの武器は少なすぎた。この狭い空間で数十人以上の敵を相手にしているのと同じだ。
「レム、増援できるか?」
「これ以上、高度を下ろせません」
上空で電子戦支援を行っている可変式重機動砲SHMGC−117に乗るレムは俺達4人と星都沖の戦艦MA3と回線を接続している。
覆い被さるように林立するビルが邪魔だ。
「地上支援は?」
「今、向かっている」
緊急召集も間に合わないうちに作戦は始動された。バックアップ体制は整っていない。俺達は少人数で動かざるを得ない組織だ。
「ろくに通信も聞こえない」
戦艦MA3の誇る通信システムもここでは力を発揮できない。
「武力行使もここまでか?」
下手をすれば逃げ道も確保できない可能性も出てきた。
「ビルの窓にも敵がいる」
敵は50人を超えてしまった。
「相手は『龍の涙』を使っている」
ロムはMA3に連絡を送る。
「やらないと、危ないようね」
タタイラも俺達の所に戻ってきた。
「普通に勝負したら相手にしてもらえないようね」
「電子的結界が破られ始めた、結界レベルを上げるけど早くしてよ。何処から逃げられるかわからないわよ。特上級電脳師とまともに勝負してくる相手よ」
キーサ女史も苦戦していた。
この星ヘースメレタル全てに同時多発的テロを敢行してくる敵は生半可な相手じゃない。
「ロム、大丈夫。行ける?」
タタイラは俺に同意を求めた。
「やるしかないだろう」
「決まり」
彼女は銃を肩に掛けた。そして俺は手袋を外し、魔剣ナイトフォークに手をかけた。
「いくわよ」
敵は『龍の涙』という禁断の物質を用意した。なら俺達も禁断の人間兵器を使用する。
「いいぞ」
剣を専用コンテナから引き抜く。古典的な長刀である魔剣ナイトフォークの光は全く衰えていない。直前に人を二人切っているにもかかわらず。
「こい!」
剣を手にすると同時に俺の体に普通と違う力がわき上がる。
儀式が始まる。
「魔剣、主の意志である。力を幻妖の主に与えよ」
(御意)
視角が変化していく。
気の流れが見えるのだ。
タタイラも変わる。目つきが獲物を狩る豹のように変わっていく。
異能者が動き始めた。
“神”が最も恐れた幻妖女が電美林で動き始めた。
「久しぶりに暴れてやる」
彼女は俺が放出する“気”に反応しているのだ。
蒼い“気”の流れが俺の目には見える。タタイラから蒼い気が放出される。
動きが速い。
俺の体にも力が漲る。
彼女は素手で戦いを挑む。全身が凶器なのだ。
(この程度の敵など、ものの数分で片づくだろう)
魔剣ナイトフォークの呟きが俺の耳に聞こえる。
彼女は地の気の流れをつかんだ。