龍を狩る女 第1部 第一章

「最終確認開始せよ」
「心拍数異常なし・・・血圧正常」
「脳波異常なし」
「体温異常なし」
 隔離された病室。
 横たわる女。
 全身から生えるように接続されたケーブル。
「刺激開始」
 女の体が一瞬、痙攣した。
「脳波異常発生」
 次の瞬間。
 医療団と女とを隔ていた透明な壁に無数の傷が走った。
 すでに計器は機能を果たしていない。
「第三実験室で異常発生」
 警報音が鳴り響く。
 眠っていた女がゆっくりと起きあがる。
 医療団は、すでに役目を放棄していた。我先にと逃げるのが精一杯である。
「警備兵を・・・」
「『ミラージュ』が発動した」
「逃がすな!」
「『ミラージュ』を確保しろ」

 星都の沖に浮かぶ島々に、この星の地上軍総司令部はある。
 島々は浅瀬で繋がっている、その地下は幾重のトンネルが張り巡らされている。
 実験は、その中の隔離された一つの島で行われていた。
 コードネーム「ミラージュ」は最高機密、幻の力を持つ者。
 力を発動させた者、力の理論を解明した者、力を持った者が次の世界に影響を与えるものになると言われている。

「このままじゃ逃げられない」
 捕らわれた女は拘束を逃れていた。
 辺りを見回す。
 実験者達は皆、倒れている。
 走る。
 逃げたい。
 拘束からの解放。
 崩れ落ちた装置をぬって走り出した。
 裾がもつれる患者用の服。
「女はいないの?」
 看護婦でもいい女性兵士でも女性スタッフでもよかった、とにかく捕まえて服を引っぺがして自分が身にまとわなければいけない。
 逃走本能だけが彼女を動かしている。
「ここから逃げたい」
 もう実験台になるのはこりごりだ。

 鳴り響く警報音。
 館内へのアナウンス。
 整えられる追撃態勢。
 「ミラージュ」を逃がすことは許されない。
 
「いた!」
 叫び声。
 もちろん女も聞いていた。
「見つかった」
 蹴り。
 瞬間、女の足が反応した。
「いただくわよ」
 女兵士が倒れている。
 的確な蹴り。
 一撃で訓練された兵士を倒す。
 レシーバーを踏みつぶす。
 上着をはぎ取り着込む。
 ズボンを履く。

「ミラージュは第1実験室を破壊、建物外部に向けて逃走中。発見次第捕獲せよ。ただし殺してはならない」
 繰り返されるアナウンス。
 研究所のスタッフ全てに動員がかかった。
「犬を用意しろ」

「逃げ道は?」
 女の記憶に建物の図面は無い。
 連れてこられた時は眠らされていた。
 気づくと白い天井が見えていた。
「地下?」
 窓のない建物。
 長く続く通路。
 目印は非常灯の矢印だけ。
 危険なのは即座に理解できた。
 判断材料は、それしかない。
「突破するのみ」

「ミラージュはただの人間じゃない、気を付けろ・・・一瞬で実験室を破壊した、秘めたる能力が始動したら対応できなくなる。覚醒する前に捕まえろ」
「『犬』の用意が出来ました」
 追いかけるのは人だけじゃない。
「放て!」

 女は逃げた。
 看護士を2人倒した。
 武器は何も奪い取れなかった。
 記憶と知識の整理。
「車かバイク」
 一刻も早く離れなければいけない。
 階段を駆け下りる。
 速い。

「体内に埋め込んだ発信器は作動していません」
「やはり・・・力が発動したか」

 低い声のうなり声。
 女にも当然聞こえる。
「犬!」
 危機感。
 走り続ける。
 犬の方が速い。
 訓練されたハンティング・ドッグは臭いを嗅ぎつけていた。

「第2弾を用意しておけ・・・相手は『ミラージュ』だぞ」

 追いつかれた。
 犬が女を取り巻く。
 低いうなり声。
 数が増えていく。
 犬は飛びかかるチャンスを待っている。
「どうする」
 武器は女兵士から奪った拳銃一丁だけ、弾丸は数発。
「てめぇ〜ら」
 怒鳴り声を上げた。
「殺されたいか!」
 にらみつける。
 空気が固まる。
 互いに動かない。
 殺気。
 女から立ち上る殺気。
 感じる。
 本能が感じる。
 引いた。
 犬の方が引いた。
 一歩・・・二歩・・・引いていく。
 勝てない相手に挑むほど馬鹿な犬ではない。
「おまえら散れ」
 犬は自然に道をあけた。
 再び走る。

 階段を駆け下りる。
 この手の地下施設には下部に駐車場がある。
 彼女の知識が反応していた。

「やはり『犬』では無理か」
 逃がせないターゲットには第2弾が当然用意されている。
「『蟲機』を使う・・・『ミラージュ』のデータを送信しろ」
「了解」
「準備出来しだい発進せよ・・・この島にある全ての蟲機を使う」
 蟲機:直径180、全長800、形状蛇型、多関節、洞窟内専用兵器。

 表示板は駐車場の位置を教える。
「もう一つ下の階」
 足取りが停まる。
「絶対に誰かいるはず」
 自分が逃げたことは当然気づかれている。
 鳴り続けるサイレン。
 逃げ道は上か下しか無い。
 女の選択が2方向しかないことは明白。
 静かに進む。
「待ち伏せ」
 予想は当たった。
 兵士達が待ち受ける。
 引き返せない。
 突破するしかない。

「そこにいるのは誰だ?所属をのべろ!」
 ばれた。
 沈黙。
 銃に手をかける。
 狙いは定まった。
「もう一度言う、おまえは誰だ」
 答えは引き金。
 頭を貫く。
 飛び出す。
 停まっている車が楯。
「ミラージュ発見!」
「全部隊に連絡・・・『ミラージュ発見、場所第3地下駐車場』」
 次々に車を渡る。
 探すのはエンジンの動くもの。
 時間はない。
 すぐに応援の者達が来る。
「見付けた」
 残りの弾丸を使う。
 1台のエアーバイク。
 エンジンがかかっている。

「蟲機3機発進準備完了」
「第1陣として発進せよ」
「了解」

 飛び乗る。
 銃弾が襲いかかる。
 いきなりフルスロットル。
 頭を伏せる。
 相手も簡単に撃てない。
 ターゲットはミラージュ、殺しては意味がない。
 暴れるエアーバイクを押さえつける。
「行け!」
 兵士の間を強行突破。

 格納庫に蠢く蟲機。
 データケーブルがはずされた。
「発進」
 3機の蟲機が体をくねらせて動き出す。
 見た目以上に速い。
「第2陣出撃用意」
「第1陣とリンク正常、現在位置を随時入力」
 12機の蟲機が装備された格納庫。
 全てがミラージュを追いかける。
 今や武器を使い果たした女を。

 揺れるエアーバイクを操る女。
「走れ!」
 アクセルをふかす。
 走り続ける。

「『ミラージュ』を島の外に出すな」

 兵隊の群をエアーバイクで打ち抜く。
 隔壁を閉じられたら最後。
 高度を下げる。
 車体が地面をする。
 飛び散る火花。
 頭を下げる。
 追いかける銃弾。
 
 追跡する方も準備が完了していない。
 蟲機は放った。
 兵隊の配備は間に合わなかった。
 機密の壁が情報伝達をさえぎっていた。
 逃げられるとは思っていなかった。
 女の能力を見誤っていた。
 言い換える力を発揮していない時の彼女の能力を見限っていた。
 強運の持ち主。
 先天的能力の高さ。
 予想を裏切っていた。

 女は研究施設の島を抜けた。

 コードネーム1:ミラージュ
 コードネーム2:幻妖女
 属性:異能者
 身長:162
 体重:48
 髪の色:うっすらと茶色がかった黒
 瞳の色:髪と同じ
 使用言語:ヘースメレタル系ザラキエル語
 本名:タタイラ・スマロ