2000/11/13
   ある不倫の説話@
        -中原誠と林葉直子-
                   
文責 滝丸 一兵
(【著者注】とりあえずテレビやネット上の林葉直子さんの言葉を中心に書いたために、中原さんに対して公平を欠いた説話になってしまったかもしれない。少々、下ネタの遊びも過ぎたかもしれない。新潮45・5月号の中原誠さんの手記の内容を加味して書き直しました。)

 98年4月頃、将棋の中原誠永世名人と林葉直子さんとの間の不倫が週刊文春紙上から話題になったことがある。自分の家庭のある自宅の庭で,後ろの部屋に妻が存在する所で,不倫弁明会見などしてしまう中原さんが不思議で、また林葉さんのヌード写真集も意味ありげで、その当時、ずいぶん楽しんでしまった記憶がある。
 将棋の女流名人にもなったことのある林葉さんは,将棋の強い人が好きだったらしく,中原さんは同世代では一番将棋の強い人だった。中原さんには妻子がいたが,林葉さんのほうから,「私が大好き、大好きと言いまくった」というように寄り添って行って、92年8月頃から付き合い始めたらしい。最初は安定した関係であったらしい。00年の中原誠手記発表の頃の芸能レポーター梨元勝さんの話では,「中原さんが帰った後,毎回いろいろ片付けているうちに,だんだん虚しくなってきたの」と林葉さんは言っていたらしい。ここで、いろいろとは何か道具のことらしく、道具とはたぶんSMの道具で,日本人には苦痛系のSMは少ないそうであるから,たぶんロープとか手錠とか拘束系の道具であろう(笑)。林葉さんの98年のこの週刊文春不倫騒ぎの後で出したセカンドヘアヌード写真集『SCANDAL』は、表紙でまず、「Tバックのヒョウ柄パンティを食い込ませた尻を、挑発的に突き出して」いるらしく、また「パンティを強烈に引っ張って股間に食い込ませたり、目隠しのまま腕を縛ったソフトSMに挑戦する」など「妖艶なメスを演出」しているらしい。それが中原さんと林葉さんの関係におけるセックスの激しさを予測させてしまったのである。

 林葉さんは始め「先生には家庭があるから一番いい形で、先生が私と会ってくれる、それだけで十分だった。」という思いであったらしい。中原さんは林葉さんとの激しいSM混じりのセックスに耽溺しきっていただろうし,林葉さんも「好き」と尊敬から「私は日陰の女でいい。あなたを一生守ってあげる…。本気でそう思って」いたらしいのである。また「バレないように、バレないようにって、本当に祈るような気持ちでした。記事にされると、相手の家庭が壊れちゃうじゃない。それは絶対にいやだった」という気配りの中で疲れもしたらしい。
  林葉さんは中原さんとの不倫の進行中、94年5月に、NHKでの将棋の対局をドタキャンして、海外へ失踪したことがある。この理由は想像で妊娠したと思い海外出産をするつもりだったらしい。その時、彼女は「結局、私が失跡したといわれたあの時ぐらいから、中原さんはちょっと冷たいんじゃない、好きな人に大事にしてもらいたいのに、だれが守ってくれたのか、と思ってしまった。私は一人で何を言われてもいいと思っていたけど、精神的につらかった」と感じたらしい。中原さんによれば、この時、林葉さんは飛行場から中原さんの仕事場に電話をかけてきて、「もうずっとイギリスにいる」と言って泣きじゃくっていたそうである。中原さんは想像妊娠→海外出産という林葉さんの話を疑っているが、この話でないと泣きじゃくった理由、失踪した理由の説明ができないと思う。出産で不倫がバレるという恐れ、子供ができても中原さんと家族は作れないという苦悩ということでないと、林葉さんの号泣、失踪の説明ができないのである。
 そのへんから林葉さんは離反を決意したというのが週刊文春などの話だが、それは違うらしい。中原さんは林葉さんがイギリスから送ってきた手紙を紹介している。
 まず、94年6月1日付の手紙。「愛するあなたへ お元気ですか?風邪なんかひいてませんか?(略)山ほど辛いことがあったんだけど、それが一瞬でも忘れることができたのはあなたに会えたおかげです。幸せや愛をたくさん有難う。心の支えになってたんです。あなたに会える日を楽しみにしてる自分がすごく幸せで、会えるともっと幸せでした。(略)私のポケットの中にあなたがくれたお守りがあります。ずっと…いつでも側にいてくれる気分にさせてくれます。(略)居所がちやんとしたら、また手紙書きます。」全くアイ・ラブ・ユーの手紙である。
 次に94年7月10日前後の手紙。「ホントにすっごい迷惑かけてごめんなさい。私ってバカですよネ……(略)逢えなくても心の中であなたを愛し続けるつもりだった。そしてネ、何十年後かにあなたが死んだら、私も同じ日に死んで天国で『あなただけをずっと愛してたんですよって…言うつもりだったの…。発想が小説的かもしれないけど……うん、でも……私は……見かけよりもけっこう一途なタイプなんですよネ、これが。(略)誰よりも誰よりもあなたのことを愛してます。また……手紙書きますネ」更にアイ・ラブ・ユーが強烈になった手紙である。これを引用した後、中原さんは「私が林葉にもっと深く魅かれていくようになったのは、この頃からである。」と告白している。
 少年少女のラブレターではない。「あなたが死んだら、私も同じ日に死んで」なんて阿部定にも勝てそうである。したがって、中原さんと林葉さんのSM混じりのセックスの激しさはたぶん想像を絶するようなものであったのだろうと思う。だからこそ,その情欲は中原さんの情動のたぶん90%以上を支配していた。決して忘れられないものだったのだろう。ところが95年3月に林葉さんが別れ話を始めて言い出したのだそうである。
 中原さんによれば、林葉さんは失踪後、人間関係のトラブルが続き、将棋にも意欲がなくなっていたそうである。95年7月に「マネージャーたちにお金がいるから」と中原さんに事前の相談もなく、ヌード写真集を出すという話が出てきた。またこの頃から「このまま付き合っていても結婚できるわけじゃないし」というようなことを林葉さんが言い出したらしい。それから喧嘩ばかりするようになったという。林葉さんは8月に将棋界を退会し、このヌード写真集は9月に出版され、10月には再びロンドンに行ったらしい。中原さんはロンドンの林葉さんから「当分会わないようにしましょう」という文面のハガキを貰い、ところがその裏面の林葉さんのヌード写真にマジックでロンドンの連絡先が書かれていたそうである。中原さんはその「挑発」(笑)に乗ってしまった。この後、別れると言ったり、また会ったりを繰り返している。
 この過程での互いの言動は大体,想像がつく。たぶん最初,林葉さんには,はっきりとではなくても,一対一の期待があった。中原さんと同居,結婚するとか,中原さんの子供を産むとか,中原さんと恋人のように同伴するとか…。まじめそうな中原さんのことだから,中原さんにもそれに応えようとする姿勢があったのだろう。中原さんは林葉さんに「子供がほしい」とか「結婚してほしい」とかも言ったらしい。林葉さんは「将棋が強い子が生まれるんじゃないかと思った」と言うくらいだから、それに応える意志があったのである。中原さんは結婚話は林葉さんのほうから言い出したと言っているが、これはどちらが正しいとも言い切れないのが常識だろう。そして,愛妻家あるいは恐妻家の中原さんは子供だの結婚だのには相当な無理があることにやがて気付き始める。林葉さんから一対一の期待が次第に失われる。性交用の動物に近い存在として,自分の人生をつまみ食いされていたような気分が生じる。林葉さんは,それまでは中原さんのために捨てていた気配もある自分の生活の具体的な再建に着手するが、将棋界を捨ててタレントに転向するといっても、そう容易なことではない。ところが、中原さんは、たとえば林葉さんのお姉さんが「直子は将棋を辞めたくなかった。辞める時に中原さんに相談したら、いとも簡単に『辞めれば』といわれてショックを受けたようだ」と言うように、林葉さんの人生の最も大切なもの、仕事である将棋をまともに認識していない。中原さんは「仕事については好きなようにマイペースで」という主義で極楽とんぼだから、将棋上のライバル米長邦雄さんのように泥沼流人生相談もできないから、林葉さんの人生の危険な選択を放置してしまったのである。
 仕事のない林葉さんにはお金もなくなってくる。林葉さんの心から「好き」とか「アイ・ラブ・ユー」とかいうような感情が失われ,「強い人」への尊敬の念も消滅寸前になり,自分がこういう状況に陥ったことに責任がある(と林葉さんは思う)中原さんにお金を借りる権利があるように思い始める。中原さんは,林葉さんにお金を貸しながら、その時、お金を貸した返礼として「好き」と尊敬とたぶん激しい性交も求める。お金だけ借りて、さっさっと林葉さんが帰ったりすると、憤懣やるかたない。林葉さんの留守電に残ったストーカーとしての中原さんの言葉はそういう時のものだそうである。「もしも〜し、今から突入しまーす」とか「おい!いるんだろ!今から行くぞ!」とか。それは林葉さんには許しがたいものであり,当然、激しい怒りが生じる。林葉さんは自分の人生のめりはり、お金を稼ぐ機会を中原さんによって失ったと思っている。この衝突は深刻なものであるが、そのうちまた林葉さんがお金を貸してくれと連絡し、またその機会に中原さんが激しい性交を求め、林葉さんが応じてしまうこともあったらしい。腐れ縁とでも言うしかない状況でもあった。その時また、無意識では林葉さんに自分が性交用の動物、あるいは金でつながる愛人になったような自己嫌悪の怒りが生じる。中原さんのほうは林葉さんの一対一の期待を裏切ったという基礎的な自分の裏切りに気づかず,林葉さんの、金だけ借りるのを功利的で不当だと感じるのである。
 そしてついに週刊文春で使われることになる電話を誘われることになるのである。「将棋界に復帰したいが、何とかならないか。ニューヨークに行くお金を出してくれないか。」という林葉さんからの留守電で、今後は姉の携帯電話を通じて連絡してくれと言われ、それを録音されるのである。
 この頃、林葉さんから中原さんに送られた、中原さんが「脅迫状」と呼ぶファックスは次のようなものであったらしい。
 「前略 理事の先生忙ご相談にのってもらう前にもう一度先生に。ウソばかりついて隠し続け、ひとりで待ち続け寂しかった私は今でも、先生の立場を考えてます。私が先生との関係を理事に話しすれば、先生は、立場は悪くなり罰金という形にもなりかねないと。私はそれで、皆にフォローしてもらえて、仕事ができるようになるでしょう。私の行動は不透明な部分が多かったですから、クリアにすれば、私自身も気がラクになるかもしれません。別れたからこそ、実行できる事かもしれません。でも、一度、愛した人を苦しいめに会わせたくない、という本心があります。姉は、弁護士に頼み、将棋界に泣かされたのは、妹だって、言いたい、とカリカリしていて、私は、早くNYに行きたいです。私は、自分がもうける事を考えていません。でも生活はしないといけない事実。同じ事の繰り返しで待つばかりの存在の愛人というのは、長く続けられません。陽の当たる場所にすみやかに行かせて下さい。23日(月)銀行に行ってみます。一年間NYで生活するために困らない額をそれまでにお振り込み下さい。○×銀行渋谷支店……。別れたにしてもお互いが傷つけあわない状況でいたいものです。お互いの仕事が、うまく行くように。奥様ともご相談下さい。23日、先生の誠意をお見せいただけないのでしたら、日本で仕事する事を考えさせていただきます。先生、ご自分の欲だけで行動されてはよくないと思います。しっかりして下さい。ご自分の立場を冷静に.こ家族をしっかり守って下さい。私は、自分の家族を守る、という事を忘れて、先生の事ばかり考えていましたが……」
 たしかに、生活できないからお金をくれ、出さないのなら将棋界にも、家族にもばらすぞと脅している。しかし、精神的苦痛も、仕事の機会を失った度合いも、たしかに林葉さんのほうが大きいのである。合計約1000万円を支払ったと言う中原さんは当然のことをしたのである。中原さんは、林葉さんへの電話で、いくら必要なのかを尋ね、その時「お金はあんまりないよ」と言ったら、「ひどい。永世名人なんだから、あるでしょう」と言われたとぼやいているが、これは往生際が悪い。不倫した男の責任というものがあるだろう。
 激しい性交の「快美な時」に飲み込まれたかわいそうな中原さん(笑)。だが,どんなに甘美な「時」であるにせよ,「時」は他動的に流れるしかないものなのだろうか。「時」を自覚的に流すことはできないものなのだろうか。いや周囲の事物を小さく選択して,目的意識を立て,捕捉し制御する征服を続ければ,そしてそれを通じて友人たちと交流,互尊し続ければ,たぶん「我」が覚醒し,知を築き,ジャックのように豆の木を登る「目的意識の時」を創出し,流すことは可能だと思う。中原さんのような凄まじい「阿呆のような時」ではなくても,私のような周囲からの孤立を感じている者にとっては,誰かから与えられる慰撫が,「阿呆のような時」が流れる機会となるかもしれない。たとえばH・Mが自殺した時の深い喪失感もまた,慰撫された体験によるものであったのかもしれない。林葉さんが中原さんに与えた慰撫にはとうてい敵わないが,それも他動的な「快美な時」であったのだろう。意識を裏返し,行動し,交流し,意識を裏返し,行動し,交流し,何が何でも我の覚醒,知の建設,ジャックのように登る豆の木,「目的意識の時」を作り出さずにはおくものかという決断が必要である。
 中原さんは将棋という事物ではもう「目的意識の時」を創出できなくなっていた。将棋が一番強いだけという初老の男が,林葉さんのような若くてそこそこいい女に「快美な時」を贈与される幸運に我を失い,知を消し去って陶然とし,おのれの人生を見失い、林葉さんの人生も誤導してしまったことこそ,中原さんの本当の罪なのである。その罪を償うには,林葉さんに貸した金を快く贈与し、「快美な時」をプレゼントしてくれた林葉さんに感謝し、手記の最後に書いている「生きることは戦うことだ」を実行するしかないであろう。ただし、それは林葉さんと戦うことではない。
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