人生の仮想舞台
・・・歌詞あるいは歌われざる詩・・・





《仮想状況》
 『ブルーシャトー』です。歌はご存じグループサウンドのブルーコメッツ、作詞は橋本淳である。これが大ヒットしたのは私が大学生の頃であったが、私はこのメロディーはかなり好きだったと思う。作曲は井上忠夫で、曲のコード進行によって、童謡の「月の砂漠」から曲のモチーフを得ているのが分かるそうである。そう言えば、私は「月の砂漠」も好きである。
 この歌は幻想的である。「ブルーシャトー」は理想の場所の幻影、「あなた」は理想の恋人の幻影であろう。「ブルーシャトー」は木の集合体である森と水の集合体である泉に囲まれて、「静かに眠る」。木と水は自然の象徴であり、眠るものは命そのものに近い肉体、つまりそれもまた自然の象徴である。「ブルーシャトー」はいわばいったん抽象されて再び具体化された自然、理想の場所なのである。しかも、夜の暗闇で、青が青に見えることが困難な以上、西洋風のこの城はまるで微光によってライトアップされているかのように青いのである。青い城が木と水を従え、「夜霧のガウン」を着て、ぼんやりした輪郭のまま眠っている。それが単なる山荘ではなく、城であるのは、それが作詞者によって仮想された主人公にとっての、世間に対する砦、戦いの根拠地であるからである。しかも、それは世間から孤立しているためにぼんやりした、「暗くて淋しい」ものである。主人公の若い理想の幻影であるために、リアルな砦として明確にそびえ立つことはできないが、だがまざまざと幻影はある。あるいはその幻影は空しいものかも知れない。一時、子供の間で「森トンカツ、泉ニンニク、囲まれテンプラ」という替え歌が流行ったそうだが、それもこの歌詞の幻想性を即物性に引きずり込もうとする子供たちの無意識の産物であったのであろう。1960年代を生きた私たちは自分の青き城を建設したのだろうか?
 さてこの青き城の中には、「僕を待っている」理想の恋人がいるらしい。どんなに理想的な場所でも無人の場所では砂漠に等しいであろう。共に棲む人間が必要なのである。「バラ」の花言葉は愛情であるそうだ。その恋人は主人公の「赤い」激しい愛情、その「バラの香りが苦しくて涙をそっと流す」。つまり主人公の「赤い」激しい愛情に、その恋人は応えきれないか、あるいは今も側にいないように主人公の「赤い」激しい愛情が行為に現れないことを嘆いているのかなのであろう。いずれにせよ、現実の青き城は愛情の量と質にのみ埋没して維持できるものではないのに、その恋人はどうやらそこに耽溺している。彼女は出歩くことなく、青い城で主人公を待っているらしい。それは殊勝なようだが、しかし、その恋人は青き城に迷いながら存在しているようであり、自らの仕事や趣味の「心技」を栽培するのではなく、愛情の栽培ばかりをしているようなのである。愛情の栽培に自分の時間はいらない。彼女は自分の時間を保持する必要がない。おそらくこの恋人、青き城の一方の住人は、やがて入ってくればくるだけ受動的に他人の時間を受け入れていくであろう。なぜなら、他人こそ愛情の栽培の対象だからである。あるいはこの主人公との愛情の栽培にのみ集中して心の平静さを失うかも知れない。いずれにせよ、その時、主人公の若者にとって青い城はただの果てしない、あるいは砂嵐の砂漠になる。その悲しみがこの歌のメロディの憧れを孕んだ哀切さになっているのである。

【補遺】
 これを作曲した井上忠夫さんは2000/5/30、自殺した。彼は六本木の自宅で2階から3階に上がる階段の踊り場にあるはしごにガウンのひもをしばりつけ、首をつっているのを洋子夫人に発見された。近くには遺書とみられる走り書きのメモがあり「もう治らない。ごめん」と書いてあった。彼のマネジャーは「今年1月に網膜はく離を患い、3月に両目の手術をした。先週にもう1度手術をしたいと言っていた」 と明かした。腰痛にも悩んでいたという。しかし「譜面を書いていたし、仕事に影響はなかった。きのう(29日)の夜8時に電話で話をした時も様子は普段と同じで、作曲の話をしたばかり。仕事に行き詰まりがあったことはない」と強調した。またマネジャーによると、洋子夫人も10年ほど前から「心の病を患い、入退院を繰り返していた」という。夫人の母親が食事や洗濯など身の回りの世話をしていたが、約3年前に亡くなったことで「井上さんに負担もあったかもしれない。ただ頑張り屋だったから、そういう態度をみせたことは一度もなかったですが…」と、看病疲れによる自殺の可能性を示唆した。親族によると、井上さんは自殺直前の29日深夜、神奈川県葉山の病院に入院している実母に電話、その直前にはブルー・コメッツのメンバーにも電話連絡しており、自殺する覚悟を決めた上で最後の別れのあいさつをしたとみられる。
 歌詞を彼が書いたのではないが、メロディの哀切さと彼の人生が妙に符合しているような気がしてならない。合掌。