monologue
 事実以上の劇
--事実+イメージXの幻が,風の噂と不確かな動機の中に潜る--


《犯人が出した手紙の一部》

2001/5/22
 大津市障害者リンチ殺人の見張り人Xの幻
                     文責 仏 龍七
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 私は幻の老賢者。今は、大津市の青木悠君リンチ殺人現場にいた見張り人Xの幻となる。老賢者とは現場に感情移入し,それを再把握する働きそのもののことと思って欲しい。

 僕は今恥じている。あんな現場について行くのではなかった。なんであんな場所へ行ったのだろう?せめてもの罪滅ぼしに,僕が見たこと聞いたことをここに全部書こうと思う。
 その現場にいた犯人たちを名無しのまま書くのはわかりにくいから,仮に名前を付けておこう。青木悠君(16)に対するリンチの実行犯はH田(15)と呼ぼう。指示していた教唆犯はS木(17)と呼ぶことにする。見物していたのは,T,Sと呼ぶことにする。それと僕だ。青木君は,お母さん(青木和代さん)と母一人子一人の家庭で育った,スポーツとカラオケの好きないい奴だった。青木君は中3の時,交通事故に遭い,下半身不随になり,定時制に通っていたが,リハビリや勉強を頑張り,全日制に合格して,今年から通うことになっていた。H田は今年から定時制に入学することになっていた。最近は貧乏で昼間働くために定時制に通うということは少ない。そういう例もないことはないが,多くは低学力のためだ。たぶん青木悠君は交通事故をめぐる入院などで中3の時学力が下がり,また昼間,リハビリのため通院しなければならないとかで定時制に通っていたのであるが,再び勉強して全日制に移動できるようになったのである。だが,H田は低学力のために定時制に通うことになった。H田はたぶんそれが「むかついた」のである。だが,それは筋違いというものなのだ。しかし,それにしても,「青木の奴,チョーむかつく,ちょっといびってやろう」という言葉にのこのこついて行った僕は,たとえ止めるつもりでも馬鹿だったと思う。あいつを止められるはずがないのだった。
 もともとH田は弱い者をリンチする性癖があった。いったん始まると,僕らがいくらとめても振り切って,殴る蹴るの暴行を加える。根っからの暴力犯罪者なのである。H田は卒業文集の「「あなたの10年後はどうなってるでしょう」という質問に「殺人犯で指名手配されている」と書いている。H田はもうすでに法の外へ飛び出してしまっているのである。リンチ殺人の見張りをしてしまった僕に言う権利はないかもしれない。しかし,あいつは法で保護してはいけない,法の外の存在なのである。上の手紙の画像は僕の所に来たあいつの手紙だ。「少年院って2年以内に出れるらしい。ちょっとヤル気出る話やろ」と書いてある。何かぞーっとしてしまう。あいつは出たらまた暴力犯罪をやるに決まっている。
 リンチは「青木,お前何で全日制行くん?定時制におりいや」といういちゃもんから始まった。あいつらは始めから、なぶりものにする気だから,青木君の話なんか聞くつもりはない。H田は、すぐに「障害者のくせに生意気だぞ」と叫び、笑い声を上げながら、悠君をバックドロップでコンクリートに叩きつけ,S木は歓声をあげたのである。僕は恐怖で身がすくみ,全身が凍りついた。このリンチは始めから頭を狙っている。H田とS木は,おそらくは努力をとことん嫌うだらしない情動と能力を鍛えるより暴行傷害で人に勝とうとする汚らわしい意志のために,学力が非常に低い。それを逆恨みして,頑張って勉強した青木君の頭脳の破壊を狙ったのである。彼らの学力が非常に低いことそれ自体が問題なのではない。青木君の頑張りを妬んで,なぶりものにしようとするのが汚らわしいのである。そのリンチは惨いという言葉では言い表せないほど惨いものであった。H田は、コンクリートの台へ、最初の一撃で失神状態の青木君を何度も頭から落としては引きずり上げ、グニャグニャになって泡をふいてる青木君を何度も担ぎ上げ、バックドロップで、頭から3回も地面に叩き付けたのである。今思い出すだけでも,吐き気がしてくる。青木君は全身を痙攣させながら失禁して、ゴー、ゴー、といびきさえかいていた。意識を失ってなお目からは涙が流れていた。ほとんど何の抵抗もできず,されるがままの青木君の悔しさを思うと,涙が止まらなくなる。H田の惨さはそれだけではない。「こいつは障害者だからすぐ狸寝入りをするんだ。小便まで垂れやがって」 と平然と言い放ち、見張り役の僕らに水をかけるように命じたのである。そして,H田とS木は、意識を失った青木君を放置したまま立ち去ろうとしたのだ。
 我に返った僕が「このままじゃ死んでしまう」と救急車を呼ぼうとすると,H田とS木は「そんなことしたらパクられるだろうが!」と僕を怒鳴りつけ、青木君の身体を物陰に投げ込んで,パチンコに行こうと言ってその場を離れた。僕はこのままにしてはいけないと思い,彼らと別れて,救急車を呼んで,リンチをしたH田やS木の名前や事情を話した。H田はその後青木君の病院に呼び出されたが,助かりようもないけれども,何とか奇跡でも起きて助かって欲しいと思っている僕やお母さんを無視して,病院の椅子にだらしなく寝ころんでアイスキャンデーをなめていたのである。人を殺しかけて何なんだと思ったのだろう,お母さんが「何でこんなことしたの?」と詰ると,H田は「むかついたから」と,答えていた。H田のような奴は人間として扱ってはいけないのだ。僕は止められなかったことをお母さんにわびた。しかしH田は,お母さんにわびてはいない。わびるどころか自分を正当化しようとさえしたのである。S木もわびていないそうだ。そしてすでに脳死状態に近かった青木君は6日後に死亡したのである。
 僕はリンチ前にH田やS木が,今日は3月31日だと言っているのを聞いた。奴らは法を読み取ってまだ旧少年法で裁かれるからたいしたことにはならないと判断して,リンチの日を決めたにちがいない。
 僕が見たこの惨たらしいリンチを新聞は次のように報道している。
 「少年(H田のこと)は3月31日、青木君を大津市内の小学校に呼び出し、内装作業員(17)(S木のこと)と共謀し午後三時ごろから約一時間半にわたり暴行を加え、6日後に死亡させた。」
 「大津署などの調べでは、大津市内の15歳と17歳の少年2人(H田とS木のこと)は今年3月31日、悠さんを同市内の小学校へ呼び出し、『生意気だ』などと言って顔などを殴り、4月6日に死亡させた疑い。」
 この惨たらしい,頭に集中した暴行が,単なる「暴行」「顔の殴打」に化けている。抵抗できない身体障害を持つ青木君の,頭脳の破壊を狙った,この卑劣きわまりない残虐な逆恨みリンチを,単なる「暴行」「顔の殴打」のように書くのは,やはり少年保護の思想なのであろう。たいしたことをしていない,更生の可能性ありと言いたいがためである。だが,新聞記者のみなさん,惨たらしいリンチ殺人現場は正確に報道すべきである。見張り人をしてしまった僕が断言するが,この惨たらしさからして,H田とS木には更生の可能性は絶対にありません。
 5月16日,この傷害致死容疑(なぜリンチ殺人容疑ではないのか?)について審判が大津家裁で開かれ、少年を中等少年院送致とする決定をした。これだけ頭を狙った暴行が傷害致死容疑だなんて絶対におかしい。また,村地勉裁判官は「無抵抗の身体障害者である被害者に一方的に暴行を加えたのは極めて悪質で、長期間の矯正教育が相当」と述べたそうだが,2年で出られる少年院送りのどこが「長期間の矯正」なんだ?村地勉裁判官は,僕が話したこの凄まじいリンチ現場の様子をよく知っているはずではないか?また,青木君のお母さんの和代さんが,4月施行の改正少年法で被害者への配慮から導入された意見陳述制度の初適用で,「悠の悔しさを分かってほしい」「少年を厳罰に処してほしい」と言ったではないか?H田とS木を厳罰に処せという約3900人分(後で10000人を超えた)の署名簿も提出したではないか?村地裁判官はお母さんに加害者側からの謝罪の有無を質問し,謝罪がいっさいないことも報告されたはずではないか?お母さん側の弁護士が、刑事処分年齢を14歳以上に引き下げた改正法に基づき15歳の少年も大津地検に逆送されるべきだ、などとする意見書を家裁に提出したではないか。
 それなのに,なぜ刑事処分に逆送せず,家裁で処理して,たった2年の少年院送致になったのか?大津地検は少年について、青木君が死亡したのが4月に入ってからだったことを理由に4月施行の改正少年法に基づき、検事を審判に関与させたいと申し入れた。H田の付添人弁護士が「事実関係に争いはないのに検事が関与すれば、少年が責め立てられることになる」などと反発したのはともかく,なぜ家裁はそれに同調したのか?
 お母さん側の池上弁護士は「以前の家裁と比べて被害者感情を考慮する雰囲気は感じた。母親の精神的苦痛を理解したうえで結論を出してほしい」と述べたそうだが,そういう声は届いていない。
 僕は青木君を救急車を呼んで助けようとし,リンチ殺人の現場で行われたことを洗いざらいしゃべった。これはある意味で命がけである。裁判官やH田たちの弁護士は平然と人格の崩壊した,腐りきったH田やS木を軽く罰し,口先だけで批判はするが,事実上は彼らの味方である。いや少なくとも青木君の味方でも僕の味方でもない。彼らが出てきた時,僕はお礼参りされるかも知れない。裁判官や犯人だけの人権派弁護士たちが僕を守ってくれるとはとうてい思えない。
 現在の司法はいじめ殺人をした奴は人間の中の屑で,その被害者やそれを止めようとして被害者になった者は人間,あるいは人間の中の宝であるというようには運用されていない。いじめ殺人をした奴は人間で,死んだ被害者は死んでいるから物,あるいは屑のようなものとして扱われているのである。この倫理的な倒錯が社会の倫理を破壊することになるということにどうして気付かないのだろうか?今,僕はふっと思った。奴らがお礼参りに来たら,いや来なくても,こっちが先に奴らを殺してしまえば,現在の司法では,僕が人間,奴らは死ぬのだから,物あるいは屑として扱われるのである。だから,司法に守ってもらおうと思えば,こっちが先に奴らを殺すに限るのだ。現在の司法の倒錯が続けば,やがてこういう思考が被害者側に普及していく。犯人を報復殺人してしまえ,犯人の殺人攻撃を受ける前に,犯人を奇襲殺人してしまえということになってしまうのである。卑劣凶悪な少年殺人犯の敵になりたくない,無罰にしよう,弁護しよう,免責しようと励むことの意味を司法関係者は重く受け止めるべきであろう。人間の中の屑は生きている犯人で,死んだ被害者は人間,または人間の中の宝である。それがどうしてわからないのか?
 生きている人間の中の屑,H田やS木が僕を襲っても,僕はルールを守って戦わなくてもよい。僕は格闘技の試合をするわけではない。自分をひたすら奴らを殺す殺人機械と化すことができるだろうか?僕,見張り人Xは僕に言って聞かせる。どんな卑怯な手段,どんな残酷な手段を使っても,ただ奴らを殺せと。殺す側になれば,司法は僕の人権を断固守ってくれるのだから。こんなことを僕らに言わせる司法はいつになったら粛清されるのだろうか?
 悠君のお母さんは「絶対に許せない!私に体力があったら同じ恐ろしさを加害者にも味わわせたい!」と話しているそうだ。同じことを仕返せばお母さんも,大いに情状酌量の余地があるとはいえ,犯罪者になる。司法が代行して犯人を厳罰にするが故に,遺族からの報復殺人の権利を奪うことが許されているのだ。司法関係者がその代行義務を果たさないのなら,遺族に報復殺人の権利を返さなければならないということになる。
 合掌。
(この項終わり)