ペトラ遺跡
(ヨルダン)




独断評価(各5点満点) シークから抜け出すと‥‥

   インパクト
   リラックス
   行きやすさ

     高得点。なんだかワクワクするっしょ!




行き方

ペトラの遺跡内にて○ペトラは中東は ヨルダン にある遺跡。
日本からヨルダンへは直行便はありません。

東南アジア経由か、ヨーロッパまで行って南下するのがメジャーなルートです。
ヨーロッパ経由の方が便数は多いかも。
少し戻ることになりますが。


○ヨルダンの玄関口は首都アンマン。
おいしそうな名前です。

アンマンからペトラ遺跡のあるワディ・ムーサの町までは2〜300km。
平坦で退屈なデザート・ハイウェイと昔ながらの隊商路のキングス・ハイウェイの2ルートがあり、前者をバス、またはセルビスという乗合タクシーで走れば約3時間。
後者は、雄大な景色や史跡が残るが、乗り物の乗り継ぎが厳しく、丸1日を要します。

ムーサとは聖書に出てくるモーゼのことで、町には「モーゼの泉」があります。

アンマンからの1日日帰りツアーもあります。

○ワディ・ムーサからペトラ遺跡へは、徒歩で行けますがまあまあ疲れる距離です。
遺跡に入っても延々歩きますので、装備や服装に注意。





ペトラ遺跡

○中東というと砂漠のイメージが強いですが、各国が取り合いをしているヨルダン川西岸やレバノン杉で有名なレバノン山脈など緑豊かな土地もあります。遺跡内で仲良くなった女の子
それで、人々の生活は、古くは新石器時代まで遡り、紀元前7,000年頃には、旧約聖書にも出てくるエリコや、ペトラの北にベイダという集落があったとされています。

ペトラの町は紀元前6世紀頃にアラビア半島から移住してきたナバテア人によって岩をうがってつくられたといわれています。
ペトラはオリエントとエジプトを結ぶ交通の要衝として、交易によって発展し、強大になっていきます。
軍隊も備えて勢力圏を広げ、紀元前85年頃にはダマスカス(現シリア)まで治める一大王国となり絶頂期を迎えます。

ナバテア人はアラビア語を話しましたが、美術建築はギリシアの影響を受け、それがギリシア神殿風の建物の残る遺跡となっている所以です。
ペトラとはギリシア語で「岩」の意味です。

紀元前63年にはローマのポンペイウスが攻め入った時は金銀で懐柔して独立を守りますが、王国はしだいに弱体化し、106年、ついにローマ帝国に併合されます。

4世紀の大地震が、ペトラ衰退の一因といわれ、以降はほとんど人の住まない廃墟と化していきます。
1812年、スイス人探検家、ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトがその存在を西洋世界に伝え、現在では第一級の観光資源となっています。


○ペトラ遺跡に入りましょう。朝陽のエル・ハズネ
入口からペトラの玄関口「シーク」まで、やはり歩きます。
「オベリスク墳墓」という遺跡もあって雰囲気を盛り上げてくれます。

【シーク】

高さ60〜100mの崖に細い1筋の割れ目があり、それが隠された都市ペトラへの道です。
天然を利用した要塞になっているわけで、頭上に迫る崖を見上げながら、1.5kmほど歩きます。
ダムや石畳、水路なども散見され、高度な技術を誇った社会だったことを彷彿とさせます。

【エル・ハズネ】

シークからココに出た時がいきなりひとつのハイライト!
紀元前1〜後2世紀に造られ、利用目的は不明で、そのたたずまいから、「宝物殿」といわれてる高さ30mの神殿風の建物です。
中は空洞で何もありません、と思いきや、近年その地下の発掘が進んでいます。

【ローマ円形劇場】

名前のとおり、ローマ帝国時代の円形劇場がきれいに残っています。

王家の墓の墳墓群


【墳墓群】セクスティウス・フロレンティウスの墓

ペトラの見どころは、神殿とも宮殿とも墳墓とも思われる、崖を掘って造られた多くの巨大な建築物です。
広大な範囲にわたって点在し、数百あるともいわれ、主要なものだけでも1日で見るのは大変です。

代表的なのは「王家の墓」と呼ばれる遺跡群で、大きく、堂々としてい「宮殿の墓」や壺が発見された「アーンの墓」(壺型墳墓)、岩石の縞模様が美しい「シルクの墓」、「コリント式の墓」が有名です。
他に「トゥルクマニヤの墓」、「セクスティウス・フロレンティウスの墓」などがあります。


【都市遺跡群】

両脇に宮殿、官庁、商店、市場、公共浴場が建ち並んでいた都市の中心で今はほとんど何もないのが「列柱通り」で、周辺をいまだに各国の発掘隊がガタガタと発掘調査を続けています。
最盛期の人口は3万人だったという説もあります!

通りの先にあるのが「凱旋門」、その奥に岩山を背にしてナバテア人の神をまつった「カスール・アル・ビント」などが残っています。
岩山を少し登ると「エル・ハビス博物館」があり、眺めがいいです。

山頂のオベリスク【ハイ・プレイス】

ペトラの中心部に行く手前に高台(ハイ・プレイス)に上る山道があり、ロバで登っている人もいました。
ハイ・プレイスには、「犠牲祭壇」、「オベリスク」といった宗教に使われていた場所があります。
ペトラが一望でき、とても気持ちのよい場所で、こっそりココに泊まろうかなと思ったくらいです!

道端の小屋のトタン屋根を見上げれば「メイド・イン・ジャパン」の刻印。
ガンバレ、ニッポン!
「ライオンのモニュメント」「庭墓」「ローマ兵の墓」「トリクリニウム」などを見ながら向こう側に下山(もちろん、逆ルートも可)。
結構、ハードで時間もかかります。
巨大なエド・ディル デカイよ〜
また、脇にそれるとシークや神殿を見下ろしたり、遊牧している少年に会えたりします。

【エド・ディル】

戦勝を記念して1世紀に建てられたという神殿で、エル・ハズネと並び、ペトラ最大の見どころです。
中心部から山道を1時間ほど登ったところにあり、高さ40m、幅46mはペトラ最大級の迫力で、さらに屋根部分にも登れてすこぶる気持ちがいいです。

行程の途中には「ライオンの墓」があり、また、エド・ディルをさらに5分ほど上るとイスラエル領土や死海が見えます。




周辺のみどころ

ワディ・ラムのラクダ
周辺には、ワディ・ムーサの町しかありません。

ヨルダン南部としては、映画『アラビアのロレンス』のロケ地であるワディ・ラムやマリン・スポーツもできる港町のアカバなどがあります。





旅行の想い出

○ペトラに行きたかったのは、エル・ハズネを見たかったからです。
シリーズ3作目の映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』をみて、スゴイところだなあと思って。
シークという小道とエル・ハズネの組み合わせは神秘的です‥‥。


○ハイ・プレイスやエド・ディル方面を踏破しようと思うと途中にみどころもありますし、高いところでほっこりしたいなら、それぞれ2〜3時間みたほうが無難です。
ということはペトラ全体としては2日ががりになります。
お茶をごちそうになった家族
有料の馬やロバのサービスも利用するのも手ですが、ホントは気のいい彼らも商売となるとふっかけたり、しつこくしてくるので要注意。
私の行った時の感想として上記「リラックス」項目は4ツ星をつけていますが、もともと観光地化が激しく、ますます激化しているようなのでいまはリラックスできないかもしれません。

○エド・ディルでビックリしたのは欧米旅行者の軍団。
数人の若者が突如スルスルと巨大なエド・ディルの神殿をよじのぼり始めたのです!
どこをどうつかめばいいのか見当もつきませんが、フリークライミングの猛者たちでしょうね‥‥。
あっけにとられました‥‥。

○ワディ・ムーサの町では,マジックなどして子供と遊んでいるうちに家の中に招待されてお茶をごちそうになったり、結婚のパーティー(?)に出て踊らされたりという出遭いがありました。