マレーシア百科


大槻重之著「マレーシア百科」を1992年刊行しました。その後情勢の著しい変化があります
が、以下の本ホームページ掲載は1992年当時のままで変更を行っていません。
                                            2002年8月



はじめに

 本書の「マレ−シア百科」という大層な書名の由来はマレ−シアの森羅万象をカバ−したいと
いう意気込みの表われである。もちろん百科辞典には及ぶべくもないのでせめてマレ−シアの
あらゆる事象をできるだけ読みやすく解説するというのが本書のねらいである。
 このための工夫として第一に1項目1ペ−ジの読み切りになっており、全項目はきりのいい
所で200項目に厳選した。もちろん各項目は複雑な相関関係にあるので一つの項目は単独
で存在しえない。従って他項目との参照のため関連は(→XX)でもって項目番号(ペ−ジ数と同
じ)を示してある。さらに巻末に索引を用意した。
 工夫の第二は項目の配列の体系化に留意したことである。まずA歴史・B地誌・C社会・D政
治・E経済・F生活・G文化の7分野に大分類した。さらに中分類として例えば、A−1(マラッカ王
国の興亡)というように5〜10項目をグル−プ化してある。中分類ブロックで読む方がそれなり
に関連ある意味づけになっている。
 さて人によって関心分野は異なるから第1ペ−ジと限らずどこから読み始めても結構である。
かなりわずらわしい個所、多分、D−3(政治組織)、E−1(経済の発展)あたりはパスした方が
良いと思う。
 地名、人名などの固有名詞のカタカナでの表記方法は一般的と思われるものに従ったが不
適切なものがあるかもしれない。マレ−シアについてもマライシアという表記方法があり、マレ
−についてはマライ、マラヤがあり混乱している。定説はないので自分なりの整理で統一した
(→93)。
 数値については最新のものを使用したつもりであるが検証は十分でない。
 マレ−シアの特徴はマレ−人、中国人、インド人という複数の民族(人種)からなる複合社会
であることてある。マレ−人、中国人という区分は民族(ethnic)区分なのか人種(race)区分なの
か定説がない。
 本書ではとりあへずマレ−人と中国人は別民族として認識している。従って両者が存在する
ことによって派生する問題は"民族問題"としている。
 その他にも似た用語で種族、部族という用語がある。主として東マレ−シアの原住民の集団
の比較的大きいグル−プを種族、小さいグル−プを部族としている。本書の中の便宜のため
の整合性にすぎない。
 最近の日本語で"原住民"という言葉には不穏当なニュ−アンスがあるような気がする。従っ
てなるべく使わないように留意したが、マレ−人に対してボルネオ島のイバン族などの先住種
族を意味する言葉として必要最少限度に使用している。
 用語ではマレ−シアに移住して居住している中国系住民について、市民(公民)権を得る前は
華僑、市民権を得た後は華人としている。両者を区別する必要のない場合は中国系住民とし
ている。



 
あとがき

 二番煎じという言葉がある。一番煎じでなにがしの評価を得て、気をよくして同じことを繰り返
しても最初のものと比べると必ず味は落ちる。本書「マレ−シア百科」はまさに「インドネシア百
科」の二番煎じである。
 昨年「インドネシア百科(300項目)」をまとめて社内外のインドネシア関係者から好評を得た。
この書が取り持つ縁で多くの人と知り合うことになったのは望外の余禄であることはさておい
て、誉められれば同じことを続けるのが人の常である。
 さてそこであえて「マレ−シア百科(200項目)」に挑戦する動機はたまたまマレ−シア関係の
業務を担当しマレ−シアへ数回にわたり出張する機会をえたことである。
 マレ−シアへ出張したといっても6回程の約1週間の出張にすぎない。従ってマレ−シア滞在
の延べ日数も40日程度である。このくらいの経験でマレ−シア百科という仰々しいものを書く
のは不遜極まる。
 しかしあえて強弁するならばインドネシアという予備知識でマレ−シアを見るとマレ−シアのこ
とがよく判ることである。判ったと思うのは錯覚もあろうが、インドネシアとマレ−シアはどちらも
マレ−系民族のいわば同根の社会であることは事実である。その同系社会の共通する所と異
質な所を詮索することが本書の課題である。
 そのような意味で本書は「インドネシア百科」の番外編である。インドネシア百科ですでに記
述したことは割愛している。かなり整理したがインドネシアの言及が不必要に多いのはこのよう
な理由である。
 またマレ−シアといいながらシンガポ−ルとブルネイをも併せて敷衍したのはこの両国はマ
レ−シアとは不可分であり実質的に一体であるという著者の見解による。しかし実際はかえっ
て物事を複雑にしたかもしれない。
 日本ではマレ−シアに関する図書はインドネシアに関するものより少ない。その分あるだけ
の物は熱心に読破したつもりである。主な文献はリストアップしたが、そのほかに写真集や漫
画本から多くのものを得た。またマレ−シアに在住された商社の皆様の貴重な話も取り込ん
だ。

 さてあとがきを書く段階で東南アジアの理解深い小泉 雄氏が東南アジア観のゆがみの基に
なっている発想を列挙して世の中の訳知り風に警告を発しておられる。人が引用しているのを
勝手にさらに孫引きして整理すると次のような事項である。
 @滞在や旅行の実感で自分の先入観・固定観念の補強を行う、A一つの事象で性急な結論
に結びつける、B現地日本人の意見をなんでも信じる、C単純な事柄から壮大な文明論に飛
躍する、D自分の先入観とあう記述だけをとりあげ傍証を固めることをしない、E総じて国民
性論が過剰である。
 これを見て著者は冷汗の出る思いである。何故なら「マレ−シア百科」はまさに小泉氏の列
挙された事柄そのもので、該当しないものはない。
 ゆがんだ東南アジア観という自覚症状にもかかわらず、あえてこの書の取柄を強弁すれば
実用書としての旅行案内書でもなく、無味乾燥の経済書でもなく、理解困難の学術書でもな
い、平易な解説書であることに勉めたことである。
 日本と東南アジアは運命共同体である。東南アジアの犠牲における日本の繁栄はありえな
い。共に携えていくのみである。本書が読者に東南アジア理解を増すためのなにがしの契機に
なればこれに勝るよろこびはない。

          1992年4月



マレーシア百科目次



A.歴史
  A−1 マラッカ王国の興亡
  A−2 英国植民地支配
  A−3 サラワク・サバの歴史
  A−4 日本との関係史

B.地誌
  B−1 マラッカ海峡
  B−2 マレー半島部
  B−3 首都クアラ・ランプール
  B−4 東マレーシア

C.社会
  C−1  複合社会
  C−2 マレー人社会
  C−3 原住民社会
  C−4 非マレー人社会

D.政治
  D−1 マレーシアの成立
  D−2 ブミプトラ政策
  D−3 政治情勢
  D−4 外交関係

E.経済
  E−1 経済の発展
  E−2 マレーシアの資源
  E−3 マレーシアの産業
  E−4 マレーシアの企業

F.生活
  F−1 衣食住
  F−2 生活の風景
  F−3 宗教と生活

G.文化
  G−1 マレーの伝統文化
  G−2 複合文化
  G−3 マレー文化の系譜


追録 マレーシア関係著作集


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A.歴史
A.歴史
B.地誌
B.地誌
C.社会、
C.社会、
D.政治
D.政治
E.経済
E.経済
F.生活
F.生活
G.文化
G.文化
マレーシア著作
マレーシア著作