江戸末期頃に小濱の米鶴商に生まれる。
10歳にて家業を手伝い、米一俵を持ち上げたと云われている。これを見て、当時盛んであった大相撲のファンである父親の公弥平治氏は、子供が関取になって相撲を取る夢を持ち相撲界へ送り込んだ。岩五郎その時18歳であった。
その翌年、序の口から出発しトントン拍子で出世して5年後には前頭七枚目まで上り詰めた。四股名を若柳安太郎と改名した。
明治5年6月吉日、小濱にて大相撲が開催された。我が町の力士、若柳を一目見ようと、皇大神社の境内が人で溢れ大混雑を起こしたと云われている。この時の番付表は現在も小浜資料館に大切に保管されている。
明治9年には大関に昇進し、強豪-大関・谷風梶之助の谷風を継ぎ、四股名を谷風岩五郎と改名し黄金時代を築いた。
明治16年、38歳にて勝率89.7%の記録を起てて相撲界での歴史を閉じた。

谷風岩五郎の墓
(地蔵町)
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当時の番付表
(小浜宿資料館) |

番付表のアップ
小濱・岩柳安太郎
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