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ぼくのなつやすみ

プレイステーション/ミレニアムキッチン・SCE


1975年、夏。母親が臨月を迎えた為、8月の一ヶ月間を北関東の田舎に住む叔父の家に預けられる事となった「ボク」。
そして目の前に広がる日本の夏。ラジオ体操、朝顔、絵日記、昆虫採集、秘密基地、魚釣り、縁側での花火。
8月の強い日差しと湧き上がる入道雲、野山を埋め尽くすセミの声、夜の虫のささやき、小川のせせらぎ・・・。
この夏は、ボクに、どんな思い出を残してくれるのだろう。
もうすぐ私達が生きてきた20世紀も終わりを迎えます。
ビルの谷間から時折見える、子供の頃と変わらぬ青空を、大人になってしまった貴方は今、どんな気持ちで見つめていますか?

破天荒(以後「は」)/うおおおおおおおおッ!俺は今、猛烈に感動しているッッ!!ゲームをやり続けて20年、エンディングでこんなにボロボロと泣いた作品なんて初めてやァ!!何や、これはゲームの出来が恐ろしくいいのかッ!?それとも俺の心が飢えているのかッ!?それとも年を取りすぎて涙もろくなったせいなんかッ!?

有馬(以後「あ」)/「年取りすぎ」って、まだ20代中盤やがな(笑)俺等。それに、確か今回って『サターン評価』2回目で、別のゲームの紹介をする予定やったんやなかったか?

は/ん?ああ、はいはい、チュンソフトの『街』な。ヘビーユーザーからは『所詮ライトユーザー用のヌルゲーや』とそっぽを向かれ、ライトユーザーからは『全てが実写って何か嫌』とそっぽを向かれてしまった悲運の大傑作ヴィジュアルノベル。実際この完成度にの割に売上は大惨敗やったらしくてな、まさに「隠れた名作」やったんやけど・・・まあ、何回か対談してみて、解ったやろ?

あ/ああ。何で各雑誌で上手い具合に『街』を紹介しきれなかったのかよく解った。コレ、文章での紹介が極端に困難やわ。シナリオやその合間合間のギャグを紹介しよーにも、あんまり詳しく説明しちゃうとネタバレやし、根本的に文章の「流れ」を再現するなんて不可能。『実際ゲームをやってみてヨ!』としか、本当に言い様のないゲームやもんなぁ。

は/それなりに「このゲームがどう面白いのか」とか対談してみても、出て来た話題は『神の座視が存在し得るならば全ての出来事は「必然」であり、「偶然」の介在する余地は無い』と言う概念やカオス理論やバタフライ効果、また昭和B級事件史などなど随分学術方面の物ばっか出てきて、一応このコーナー用にリライトしてみたんやけど、どーも『読んでて面白いか・・・?』と疑問符付きまくりで、もう、今回はこの『ぼくのなつやすみ』とゆー超傑作も出て来た事だからお蔵入りとしますですよ。御了承の程。

あ/まあまだやってないサターンユーザーがいたら是非、と薦めておいて、『街』終了(笑)。で話は『ぼくのなつやすみ』に戻るけど、確かコレって去年の夏頃にも一回浮上してた企画だよな。この放談コーナーの『ラストハルマゲドン』の項でも軽く触れたけど。

は/去年は製作進行がホンモノの「夏休み」に間に合わなかった為、一端お蔵入りになったらしいで。

あ/で、満を持して今年の夏に再登場ですか。去年の夏から期待してた我々としてはまさに『待ってましたッ!』のゲームです。実際この「熟成期間」があったからこその「この完成度」やと思うし、また聞いた話、その間にテスト版がSCE内で非常に好評を呼び、今回の広告拡大につながったらしいですな。それに今年の夏は20世紀最後の夏。怪我の功名でホンマ美味しい展開になった感じ。

は/本ッ当、驚くべき完成度やな。ゲームバランスや巧みな設定、演出やグラフィック、まったく非の打ち所が無いです。とりあえずこのゲームの何が面白いのかを分析して行くと、やっぱまず一番に言える事は『自由度そのものをゲーム化』ってトコやろ。このコーナー読んでる皆さんにはもう耳タコな話やが、ゲームの面白さってのは、一つの問題に対しプレイヤーが多岐に渡る選択肢を持てて、尚且つそれら全てに柔軟に応えられる懐の深さ、即ち『自由度と創造性』こそが本文やーと言うてるわな?それがこのゲームの場合まさにその自由度と言う『コア』の部分をゴッソリ抜き出して安置し、その外郭に『夏休み』と言う実にピッタリなオブラートで包んだ、実に幸せな結婚による産物やと思うんですよ。とにかくこのゲームは何をしてもいいし、何もしなくてもいい。「ゲームオーバー」の概念も一切無ありません。

あ/寧ろ『ゲーム』と言う概念そのものもこの際捨ててもいいかもね。何せこのゲームにはクリアに必要なノルマも、強制的なイベントも、何も無いから。重要なイベントだって、こっちが気付かない限りいつのまにか過ぎちゃってたり。まさに「現実味あふれるテイスト」です。桝田監督の言う所の『ゲーム中の目標の1つや2つ、自分自身で見つけてみな?』を思う存分堪能できる訳ですよ。

は/その為に必要な材料は全て目の前に提示されてるからな。1975年、まだまだ人の手が入って無い山の里。今となっては見る事すら難しい様々な昆虫の息吹がそこら中にあり、汚れ泣き川や池に魚は溢れかえり、空は晴れ、人々は純朴で、優しい。そして自分の手には虫取り網や砂糖水、おじさんにもらった釣りセットや凧、そして健康な体。これだけそろってて『何していいか解らなァ〜い』って奴は義務教育以前からやり直した方がいいです(笑)。とにかくこのゲームって、本当に全てに命があり心があるよなぁ。

あ/画面のアングルや描写も本当に美しい。BGMはあくまで虫の鳴き声であり、演出は木漏れ日や水の流れ。それにキャラクターの絵がまた、このゲームの勝利の大きな要因やと思うんよ。これが本当に狙ったかのよーなアニメチックなデザインだったり、逆にポリゴンポリゴンした妙にリアルで怖いキャラだったら、絶対こんなに感情移入できてない。

は/上田三根子さんの簡単で、そしてとても優しい絵柄を忠実に立体化したこの絵だからこその安心感はあるよな。絵としてはかなりデフォルメした個性のある絵柄のはずなのに、何故か本物に忠実な描写の自然背景に、不思議と溶け込んでるんだよ。まったくと言っていい程違和感が無い。って言うか、この上田さんの絵柄以外で『ぼくなつ』なんて考えられないダスよ!?

あ/あとゲームそのものの出来具合についてはどーですか?

は/ああ、絶妙。子供だから常に移動はダッシュなんやけど、所詮は子供の脚力なんで、ちょっと遅いめなんよな。で、冒険して行くうちに広がってゆくMAPも言う程広くはないんやけど、その「子供の脚力」だと『アソコまで行きたいのにッ!!』ってゆーギリギリラインで『は〜い晩御飯だから帰ろうねぇ〜』で連れ戻されたり。けど、一応は「走ってる」んやから文句の言い様がない(笑)。その上で虫捕まえたり秘密基地で餓鬼大将と遊んだりしてたら、そら一回のプレイじゃ全てを極める事なんて出来ないわ。一切『こーゆー事をやれ』なんて強制が無いぶん、あれやこれやと目移りしまくって、結局思い通りにならない。けど、現実世界ってそんなもんじゃん。夏休み始まった頃には『アレもしたい!コレもしたい!』って思うんやけど、実際始まってみると時間はあっても案外出来ないのよ。そのもどかしさ、現実の厳しさすらこのゲームは再現してる。凄い事やで?

あ/俺個人としてはな、このゲームが『貴方は1975年の子供です!1975年の夏を楽しみましょう!』ではなくて、『2000年現在、恐らく34歳になっている「ボク」が、当時の事を振り返る「思い出」の話』である点を評価したいね。時折ダンカンの声で入るナレーション、このナレーションの声が実は34歳現在のボクで、物事を客観的に説明してくれる。実はその視点こそが、我々プレイヤーの視点なんよ

は/あー、解る解る。いきなり『当時9歳の子供になろう!』よりか、『少年時代を思い出す大人になろう』の方が非常にシックリ来るわなぁ。で、そーゆー視点やから、別に1975年の夏やなくて、思わず自分自身の9歳の夏を思い出してしまい、より感情移入がスムーズに出来ちゃう。

あ/夏休みにいろんな事をして遊びましたって記憶は誰にだって有る事やんか。あとはそれをどう引き出すかがこのゲームの勝敗を決める所やったんやけど、物の見事にやってくれましたよ。それにあくまで「思い出」の話だから、多少演出的におかしい点が有っても『まあ思い出だし』『思い出は得てして美化されるもんだし』で言い逃れる事が可能。どんな場所に行ってても必ず夕飯時には叔父が迎えに来てくれるってのも、夏休みの宿題が無いってのも(笑)、みんな合法化できちゃうんだよな。そーゆー点も見て、俺はこの点を評価したい。

は/なるほど。ちなみに俺的に評価したい点は2つかな。まず1つは、全ての行動に『それが正解か不正解か』と言う概念を排除したと言う点。そりゃゲームとして、「この行動をすればフラグが立って別の場所で何か起こるよ」って所は存在するんやけど、別にフラグと関係ない事をしてても誰も文句は言わないし、『こんな事をやってちゃいけないよッ!』って言う強迫性も無い。むしろ「どんどん無駄な事もやりまくって!」と言わんばかりにプレイヤーに委ねられた選択権は多いんよ。「休みなんだから」と縁側で一日犬と戯れるのだっていいだろうし、毎晩お風呂に入った後、冷蔵庫を開けて牛乳を一杯飲む事に幸せを感じてもいい。夕方に台所に行って今日の晩御飯を尋ねてもいいし、岬で夕日に感動して、そこからずーっと動かないのもプレイスタイルとして何も間違えちゃいないだろう。

あ/大学生のお姉さんの所に足しげく通ったり、そのお風呂を覗こうとしたりするのも?(笑)

は/あとで親戚の女の子にスケベ呼ばわりされるがな(笑)。で、あともう1つの点は、特に大きなストーリーは用意されてないって点。親戚の子とかの、ちょっとした話の流れとか細かいものはぼちぼち有るんやけど、ゲームの流れを左右するような大きな話は一切無い。実はこれこそが俺を大泣きさせた要因なんよ

あ/と、言うと?

は/とにかくこの1ヶ月、何気ない出来事が何気なく起こり何気なく終わっていくんやけど、その「何気なかった事」で思い出ってのは構成されていくもんやないですか。日々繰り返す何でもない行動や見慣れた風景、いつも顔を合わせている人々や、そこに存在している事が当然の様に思える物達。それが8月最後の日、車窓から全て遠ざかっていくにつれ、自分を包んでくれていた優しい何かに初めて気付く・・・。ゲームとしてあったイベントの他に、自分がやった何気ない行動の一つ一つの行間にも思わず自分だけのシナリオを想像してしまい、気がついたらこの1ヶ月そのものが全て計算されつくした素晴らしい大シナリオになるんよ。そう、大きなストーリーを用意するのは、作り手側でなく、プレイヤー側の自分自身なんだよ。この『ぼくのなつやすみ』はプレイヤーの数だけシナリオも存在する、稀有の大傑作ですわ。

あ/おお!言うねぇ!!ゲームにうるさいお前をしてそこまで言うか!?まあ確かに自由度の面で言えばあの『俺の屍を越えていけ』すら越えて行ってるからなぁ。

は/ただまぁ、『俺屍』以上に自由度が強過ぎるぶん、最近の紙芝居ゲームに慣れきってるプレステ世代のゲーマーが、何処までついてこれるのかって懸念は有るんだよな。何の指針も無い以上、途中でやる事を見失って「中だるみ」を起こす可能性は非常に高い。あと現在進行形でこーゆー田舎に住んでる人には『何でゲームでまで・・・』と思われる事必至(笑)。「都会に住む大人の玄人ゲーマー」って条件の人間がたぶん一番楽しめるんやないかと・・・。

あ/平成ベビー達にもプレイしてもらいたいね。血飛沫も残虐も一切無い穏やかな日本ファンタジー。現実逃避の空想も、この世界なら万人が許す筈。心の故郷ですよ?

は/このゲームを嫌いと豪語できる人間と友達になりたくないなぁ(笑)。

あ/人間性として、な。まあけどゲームの敷居は極端に低いし、完成度も高い。「癒し系」としての要素もバッチリ。この夏は『ぼくなつ』でキマリです。みんなで「なつやすみ」を堪能しましょう!!

は/自分自身の「なつやすみの思い出」を持参しつつ、な。


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