≪弁舌≫

<language>(言語)の語源になっているラテン語の<lingua>は「舌」のことである。舌の行為が「言葉」になった。二か国語を話す人を「バイリンガル」<bilingual>(<bi->は、2の意)というのは、ご存じの通り。<linguist>(言語学者)のことだー。

「舌」を表わす現代英語は<
tongue>だが、この語は、古英語では<tunge>(舌)。その原点は、印欧祖語の<dngha>に遡るとみられており、上のラテン語<lingua>とは同根。<tongue>にも「言語」の意味があり、<native language>(母語)と同じ意味で<mother tongue>ともいう。<a slip of tongue>といえば「舌が滑ること⇒失言」のことで、日本語の「口が滑る」にあたる。

日本語でも、しゃべることを「弁舌」といい、舌と言葉は一体である。「舌」の用例には、「舌禍」(悪口や中傷が招く災難)や、「舌足らず」(言葉の表現が不十分)、「二枚舌を使う」(前後矛盾の言葉)などがある。ほかにも、「舌が回る」(能弁)、「舌先三寸」(不実)、「舌の根の乾かぬうちに」(前言に反する言行)などがあり、その数の多さには「舌を巻く」。

漢字の「舌」は<千+口>だが、これ全体で「口から(した)をつき出した形」をかたどった象形。熟語は、「毒舌」、「長舌」、「筆舌」など。和語の「した」の語源は、多くの説がある中では、口の中に「ヒタル(浸る)」の「ヒタ」とする説が良しとされているが定説ではない。

英語の<
tongue>が「言葉、言葉遣い」の意味に使われる言い回しを拾ってみると、<have a bitter tongue>は「口が悪い」ことをいう。同様に、<smooth tongue>は「口がうまい」、<loose tongue.>は「口が軽い」ことである。<silver tongue>(雄弁である)は、西洋のことわざにある<Speech is silver, silence is golden.>(雄弁は銀、沈黙は金)からきた表現だ。

日本語の「言葉を失う」にソックリなのが<
lose one's tongue>で、これは「舌切り雀」のことではない。<Mind your tongue>は「口の利き方に気をつけろ」の意で、ケンカ言葉でもある。どこの国でも、「舌は禍(わざわい)の根」、「口は禍の門(かど)」である。

ことわざの「口は禍の門(禍のもと、ともいう)」にあたる英語の中で、一番ピッタリしている表現は、<
least said, soonest mended>だろう。字義通りだと「発言数が少ない程、(問題が起きたときに)早く修復できる」ということ。日頃から口を慎めば禍が少ない・・・裏返せば「口は禍のもと」という戒めである。

寡黙を美徳とした諺は古くからあった。辞典等によれば、<
Into a mouth shut flies fly not.>(閉じた口中へ、蠅は飛び込まない。16世紀)や、<No silence was ever written.>(沈黙が文書に記録されたことなし。同上)、<More have repented speech than silence.>(黙っていたことを後悔するより、しゃべったことを後悔する人のほうが多い。17世紀)などだ。

漢籍の『老子』にも、「知者不言、言者不知」(知ル者ハ言ワズ、言ウ者ハ知ラズ)とある。よく知らない者に限って軽々しくしゃべるものだ、とは耳が痛い。心すべきことではないかー。