豊穣の地シリアへ


歴史を遡ると、紀元前3000年頃から、アラビア半島の諸民族が交互に、この地を征服・支配してきた。諸民族に狙われたのは、地中海沿岸や草原地帯が、土壌の肥えた豊穣の地だったことによる。アレキサンダー大王が大シリア地域を支配した前4世紀以降は、周辺民族との交易が盛んになり、砂漠の都市国家パルミラが東方交易の中心として栄えた。ローマ帝国時代を経て、イスラム帝国の首都にもなった。近世には西欧列強に翻弄され、その後も中東戦争で敗北を経験するなど、世界史上まれに見る激動の地であった。そして、いまも国際紛争の波に揺さぶられている。2004年4月撮影。


これは、スーク(市場)の一角。

観光客目当ての土産物屋や、オリーブ、スパイスなどを売る商人が路上で店を開いていた。

ここには、聖ヨハネの首が納められているという。

天日干しの絨毯

いまも、イスラム各地から巡礼者が集まってくる。

車と人口の増加が、ここでも問題のようだ。

人口140万の首都。ダマスカスの名は旧約聖書にも登場する「世界最古の都市」である。古い歴史の旧市街、高層ビルが並ぶ新市街、国の政治・経済の中心地として活況を呈す。

8世紀、ウマイヤ朝の時代に建てられた世界最古のモスク

カシオン山から俯瞰した市街)

ウマイヤド・モスク

ダマスカス
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